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2017-10

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カナダ旅紀行 Vol.6 & 7 - 2013.10.10 Thu

随分前ですが、カナダ横断したときの日記をアップしています。

Vol.1-2はこちらから→http://tabisuruasia.blog.fc2.com/blog-entry-147.html

Vol.3-5はこちらから→http://tabisuruasia.blog.fc2.com/blog-entry-148.html

Vol.6 November 07
ばあちゃんと別れる。
11:30発の列車の予約をしていたけど、6:50発の列車に変更してもらい
セバスチャンと共にモントリオールを目指す。
私が使っているカナダの列車パスチケットは、長距離でも使えるので重宝するんだけど
混むだろう路線は事前に予約しておいたのだ。
でも、予約変更も特に手数料を取られることもなくすんなり変更できた。

さっきまで乗車していたトロント行きの列車に乗っていたアメリカ人の女の子がいて、
私とセバスチャンの前に座った。
彼女はフランス語を勉強していて、セバスチャンと私の勉強会にも少しだけ
参加していた子だったので、少しだけ顔見知りだ。

列車に乗り込む前に空に目を奪われた。
朝日がピンクだ。
こんなにピンクに染まった空は生まれて初めて見た。
とてもかわいらしくキレイな空だった。
これからの私の旅路はきっといいものになるだろう。
そんな予感がした。

夜通し話しをしていた私とセバスチャンは列車に乗り込み、すぐに寝てしまった。
この列車はコリドー号と呼ばれる列車で、さっきまで乗っていたバンクーバーとトロントを
結ぶ大陸横断列車のカナディアン号と比べると狭いけど、キレイだった。
目が覚めてセバスチャンと話をしていると、前に座るアメリカの女の子に話しかけられた。

今日はどこに泊まるの?

私は自分のガイドブックを取り出し、

多分ここ

と答えた。すると彼女も、

私もここに行きたかったの!でも私のガイドブック、電話番号が載ってなくて・・・

一緒に行こう!ということになったのは言うまでもない。
彼女の名前はシャンテル。

モントリオールが近づいてきた。
想像以上の大都会。
駅に到着。
ずっと一緒だったセバスチャンともお別れだ。
彼は母親が迎えにきていた。母親はセバスチャンの姿を見つけると嬉しそうに手を振ってきて
アツいハグをしていた。
母親に圧倒された私は、セバスチャンとちゃんとお別れができなかった。
簡単にさよならを告げただけだった。
でも、「何か困ったことがあったら連絡して」と電話番号をもらっていたし、
さよならを言うには早すぎると思っていた。

そして駅を出た私とシャンテルはYH(ユースホステル・安い宿)に向かって歩き始めた。
彼女がYHに電話してくれて空き部屋を確認してOKだったのだ。
そこは駅から歩いていける距離だったけど、重いバックパックを背負う私たちには
とても遠くに感じる。
ようやく到着した。
1泊19ドルでシーツ代2ドル。
カードキーを渡される。
私とシャンテルは同室の4人ドミトリーだ。
(ドミトリーとは共同部屋。大体が2段ベッド)
もちろんTVなんかはなく、シャワー、トイレ、ベッドみ。
でも部屋はきれいだった。
下のフロアに行くとカフェがあり3台パソコンがあったのでメールチェックをした。
たった5日間見てないだけでたくさんのメールが入っていた。
この文明の進歩には驚かされるなあ。
旅をしている私にとって、愛する人や友人、家族に連絡を瞬時に取ることができる
優れた役割を果たす。

その後、シャンテルとモントリオール探索に出かけた。
旧市街に行った。古い町だった。
落ち葉で埋め尽くされた通りを歩く。
そこは旧港と呼ばれる一帯だった。
すぐ目の前には大きなセントローレンス河。
港の時計灯を遠くから見る。
夕日が今朝の朝日にも負けないくらいのピンクで美しかった。
モントリオールを色で表現するとピンクの街だ。
ピンクの朝日に始まり、ピンクの夕日で一日が終わる。
私の心もすっかりピンクに染まっていた。

私たちは共通の趣味が「写真」であることを知り、2人で写真を撮りまくった。
初めのうちは彼女のアメリカ英語が聞き取りにくく、
カナダ英語に慣れていた私は何度も聞き返してしまっていた。
あまり会話が出来なかった。
そして自分の英語力の乏しさもしみじみと痛感していた。
そして、何より私は緊張していたのかもしれない。
でも、2人でモントリオール探索するうちに少しずつ打ち解けてきた。

セバスチャンから聞いていたデニスストリートに着いた。
そこにはかわいらしい店やお洒落なレストランやバーが立ち並ぶ。
週末の夜は遅くまで遊べそうだ。
一つ一つの建物は高いビルではなく、2~3階建てが主流な感じ。
日本人なんて誰一人もいなくて、いかにも海外!って感じがした。

私たちは小洒落たアジア風のレストランに入った。
シャンテルはヌードルに七味を沢山かけていた。
辛いものが好きらしい。
私は照り焼き風味のソースがかかった野菜と肉の炒め物とライス。
まあまあおいしかった。
味はともかく、来ているお客さんもお店も本当にお洒落だ。
シャンテルと私は、同じ年だということを知った。
彼女は2月26日うまれ、私は2月22日うまれ。
「うお座ね?」と言われた。
誕生日も近くて、こうして私たちは仲良くなっていった。

食事を終え「ビールでも飲みに行こうよ」ということになり、
デニスストリートのバーに入る。
なかなかいい感じだ。
そしてやたらと声をかけられる。
日本人は珍しいらしい。日本人と会話するのは初めてだよ!
とか、とにかくやたらと声かけられる。
流暢とはいえない英語で話しかけてくるケベコワたち。
(ケベック州のモントリオールの公用語はフランス語なので)
日本のナンパとはまたちょっと違って、こっちの人って普通に出会った人と話する感じ。
ビールも何杯もご馳走になった。
女子って、得よね(笑)
でも、見知らぬ土地でこうやって色んな人と出会い、話するのは楽しい。

そして2軒目にも行き、飲みまくる。
シャンテルとはだいぶ気心知れてきて、私も話ができるようになってきた。
お互いボーイフレンドの話をしたり、彼女は沖縄に行ったことがあること、
この旅を終えたらアフリカにボランテイアに行くんだということ。
色んな話をした。
店を出て歩き始める。彼女は日本語の1~3くらいまで知っていたので
10まで教えた。

イチ・二・サン・シ・ゴ・・・ナナ??

ノーノー!!ロク!!ロク!!!

オー、ロクロクロクロク・・・

その後も酔っ払った勢いでわけも分からないことをペラペラ話している。
2人でキャーキャー騒ぎながら。
それはまるで仲のいい友達と飲みに行った帰り道の様に感じた。
そしてそれがとても楽しかった。

私たちはホステルまで地下鉄で帰ろうと思いつき、駅を探す。
見つかった駅からは2ドルで、ホステルのすぐ近くまで行った。
モントリオールは地下鉄がいくつかある。
東京ほどではないけど。

ホステルに戻った私は洗濯機を回しながらバンクーバーにいる愛しき人たちに電話をかけた。

わたし、モントリオール大好き!!!

と。


Vol.7 November 08
今日は朝からシャンテルとモンロワイヤルパークに行く。
街の名の由来にもなった公園。
昨夜バーで知り合った人たちに勧められた場所。
パークと言っても山なので、そこにたどり着くまでがつらかった。
坂道の途中、大学のような建物から生徒がたくさん出てきた。
スケーターファッションが多いバンクーバーの人間に比べると、ヨーロッパ系のファッションでお洒落だ。
やっとの思いで登る。
野生のリスが何匹も出迎えてくれた。
尻尾が大きく、グレーやブラウンのリスたち。
人間と動物が共存している。
息を切らしながら登る。シャンテルは大きな身体の割りにスイスイと登る。
そういえば彼女はアメリカにいる時はジョギングを欠かさないと言っていた。
体力があるわけだ。
彼女についていくのがやっとだ。

展望台についた。そこからはモントリオールの町が見下ろせた。
高く聳え立つビルはこの街の近代化を物語る。
私はこの街に魅了されていた。
ただ、今日は天気が悪い。
残念な気がしたけど、そんなのどうでもよかった。
私は、モントリオールにいる。ただそれだけで十分だったのだ。
モントリオールは、人口300万人。
17世紀半ばはフランスの植民地だったのだ。
現在でも看板などはフランス語で公用語もフランス語。

聖ジョセフ礼拝堂へ行きたかった私たちは自分たちの感覚にまかせ歩き始めた。
しかし、それが失敗だった。
なんとセメタリー(墓地)に迷い込んでしまったのだ。。。
しかも、とてつもなく広い。一体、帰れるのかどうかも分からなくなってきた。
でもこんな場所に来ることもそうはないと自分を言い聞かせて、
彼女と日本とアメリカの墓地の違いなどを話し始めた。
宗教、文化の違う彼女との会話は楽しかった。
私は海外の人と宗教の話は極力しないようにしている。
しかし彼女は寛容というか、おおざっぱというか、よく言えば色んなことに興味を持つ人間だったので
そんなことはお互い気にもならなかった。
私は宗教家ではないが宗教にはものすごい関心がある。
宗教とはそもそも何なのか?
私は日本人だから多分、仏教か神道。
仏教の教えも素晴らしいし、それらの時代背景があったから今の日本が存在すると思っている。
日本史も好きだった。
でも、世界史も大好きだった。世界を創り出している基盤があるから。
キリスト教も仏教もヒンドウーもユダヤもイスラムもそれぞれがいい部分があるだろうし。
今のこうした時代があるのは宗教戦争が過去に何度も行われてきた結果でもあるし、
どれが一番とは決められないけど、興味深い。
彼女も同じようだった。彼女は「熱心な信者じゃないから教会もほとんど行かない」
と言っていた。おそらくプロテスタントだと思う(キリスト教は大まかに分けると、
プロテスタント、カトリックなどに分けられているらしい)
でも、それは日本も同じで。
宗教っていうとちょっとひいてしまう部分があって、熱心じゃない人が多いよね。
私もそのうちの1人だけど、知らないことを知るのは楽しい。
こうやって異文化の地にいると日本は独特な文化を持っていることに改めて気づかされる。
日本を離れて、日本を知るということの一つなんだと思う。

私たちは「死」についても話した。
こんな場所でこんな話をするのもどうかと思うけど、こんな場所だから話せたと思う。
輪廻転生の考え方は彼女にとっても、魅力的らしい。
お互いの国の葬儀の仕方について話もした。
セメタリーにいた時間はどこか別の、そう、死を体験するような異次元の世界に迷い込んだかの
ようだった。

そしてようやくセメタリーから抜け出すことができた私たちは
温かい家庭があるような家がポツポツとあるような丘を歩いていた。
そこはとても優雅で心が温まっていった。
おいしそうなパン屋さん、かわいらしいカフェ。
途中、ギリシア系の店が何軒か現れた。
恐らく、ギリシア移民街なのだろう。モントリオールは移民も多いらしく色んな町がある。

私は寒かった。11月のモントリオールは寒い。寒すぎる。
シャンテルも同じだったようで私たちはかわいらしいカフェに入った。
ホットチョコレートを注文した。
店もかわいいし、とても贅沢な時間に感じられた。
人々は本を読んだり、温かいコーヒーを飲みながらゆっくりした時間を過ごす。
心のゆとりを感じた。
私が注文したホットチョコレートは、冷え切った身体に染み入るように
私を暖めてくれた。


つづく








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