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2017-09

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カナダ旅紀行Vol.10 & 11 - 2013.10.20 Sun

カナダ旅紀行、UP出来るときと出来ないときの差が激しい・・・
もし楽しみに読んでくれている方がいたらホント、すみません。。。
今日もこれからぼちぼちUPします。

余談ですが、私の旅のお守りとしてガラスを作ってくれたアーテイストさんなんですが、
今、ちょうど個展をやっているの。(このブログにも何度か登場しているHiDAMARiさんです)
そんなわけで先日、個展に行ってきました。
場所も素敵だったけど、ガラスの中の世界に本当に魅了されてしまいます。
そして、嬉しいことに個展の為の準備とかしていてリフレッシュする時間に
私のカナダ旅紀行を読んでくれてたみたい。
そういうの本当にうれしい。ふふふ。
私もガラスをお守りにして去年は旅し、今年もまた少しだけ旅に出ます。

そんな素敵なガラスの個展は27日までです!是非!!
http://hidamari-glass.com/


そして今からはカナダ旅紀行のつづきを書き始めます。
前回までのお話は戻って読んでください。


Vol.10 November 09
大学を後にし、私たちはRitz-carltonホテルの小さなアートミュージアムにいった。
そこは小さな画廊といった感じだった。
シャガールやモネなどの絵がある。
私はどちらかというとピカソやウオーホル、バスキアのような絵が好きだったけど
改めてシャガールの絵を見るととても繊細で想像力のある絵だと思った。
これも新しい発見。
私は絵画なども比較的好きなので日本でも時々美術館に足を運ぶ。
そしてシャンテルもアートが好きらしい。
彼女とは趣味も合い、一緒にいて楽しい。
昨夜行った美術館は入場できなかった分、今日は満足。

街角にあるレストランに行く。
昼からみんなビールを飲んでいる。店員の女の子はとっても派手で髪は赤。
でも、とても親しみやすく話しやすい。
モントリオール名物のPOUTINEを注文。
フレンチフライにたっぷりかかったとろけたチーズに、グレイビーソース。
セバスチャンにもモントリオールでは絶対に食べろよ!って言われていたし、
実はバンクーバーでもバーガーキングにはあるのでたまに食べてたし、
好きだったから絶対本場で食べたかった。
やっぱり本場のPOUTINEは格別においしかった。
私はPOUTINEの回し者か?って言われるくらいこれが好き。
そしてシャンテルもすっかりPOUTINEの回し者になった。

プラプラと歩きながらYHに戻った。
シャンテルとの別れが近づいてきた。
一緒に写真を撮った。
ポラロイドカメラも持ってきていたので、そのポラロイドで撮影もした。
それは私にとってかけがえのない宝物になった。
彼女は一人で旅立つ。そして私も。
これから先、つらいことや悲しいことがあるかもしれない。
でも、そんな時、彼女との思い出の写真が私の背中を押してくれるかもしれない。

駅まで彼女を見送った。
旅立つ彼女の瞳は輝いて見えた。
そして私たちはまたの再会を誓った。
次なる私の目的地はケベックシテイ。
そこで、再会しようと約束をした。
そして今、私は再び一人になった。

私は一人の時間が出来るとこの日記を書いている。
この旅を終えた後も鮮明な記憶や気持ちを思い出したい。
だからなるべくその時感じた気持ちを書き綴るようにしている。
YHに戻り、これを書いていたらレインに、コーヒーを飲みにいかないかと誘われたけど、断った。
私はシャンテルと離れて孤独を感じていた。
レインがそんな私を見て元気付けようとしてくれたことは分かっている。
でも彼には悪いけど今の私は、この寂しさや孤独を一人で感じていたかった。
昔から私は一人で孤独になりたいときがあった。
賑やかでワイワイ騒ぐのが好きな私にそんな一面があることを他人はあまり知らない。
でも私はこうしてバランスをとっているのだと思う。
孤独に打ちひしがれて、自分の気持ちをどん底に陥れる。
落ちるとこまで落ちたら、そこから這い上がらなければいけないと自分に言い聞かせる。
そうしていくことによって、私は光を探し求め続けていける。

そしてそんな時にふと、バンクーバーで以前一緒に生活をしていたアレックスのことを思い出した。
彼はこの町にいるはずなのだ。
確か以前電話番号をもらっていたのでそれを探す。

あった!!

早速受話器を取り、電話をする

Hello, Alex!!! This is Aki!!!

Oh, AKI!!!! This is Alex desu!!!

久々に聞く懐かしい友人の声。
久々の再会は明日になった。



Vol.11 November 10
朝起きて10時くらいに出発。
ドルチェスター広場の側にあるツーリストインフォメーションに行った。
私がこの旅で一番行きたいと思っている場所、「ペルセ」の情報を得る為に。
そこにはたくさんの情報や地図、パンフレットなどがある。
でも、私が欲しい情報、ペルセのものが全くないので尋ねることにした。
インフォメーションのおばちゃんはとても親切で、ケベックの地図もくれたけど、
宿の予約カウンターは反対側だった。
カウンターで聞いてみると、やはりペルセは田舎でこの時期に営業している宿はないという。
そう簡単に見つからないとは思っていたけど、んー、どうしたものか。
友人に「冬のペルセなんてゴーストタウンだよ」って散々言われてたけど
それでも行きたいのだ。
色々調べて、インフォメーションの人が営業しているB&Bを見つけてくれた。
そして、私はフランス語が話せないから予約するのも不安。
担当の人に電話して予約もしてもらう。
1泊30ドル。安くはないけど、駅からは遠いらしく迎えも来てくれるそうだ。
私の旅はそれなりに順調だと思った。
そしてここで働く人が天使に見えた。

その後、私は一人でメトロに乗り、一昨日シャンテルと偶然たどり着いた公園を目指した。
もう道順は知っていた。
一度歩いた道はほとんど忘れないのが私の特技だと思っている。
それは旅をする私には必要な特技だった。
そしてこれらは必然的に身についたのだろう。
私はどうしてもここに来たかったのだ。
何故かは分からない。
そしてやっぱりここが好きだと感じた。
今日は雨がしとしと降っている。
そんな雨も美しいと感じるくらいの静かで美しい場所。
落ち葉、雨に濡れたベンチ。
雨のモントリオールも好きだと思った。

そしてメトロに乗車。もうメトロは使いこなしていた。
モントリオールはメトロが発達している。
チケットを改札で買い、ホームに行く。至って簡単。
しかし駅名、アナウンスはフランス語なので自分が降りたい駅のアナウンスを聞き取るのに必死だ。
海外の地下鉄は危険なところもあるみたいだけど、ここは日本の地下鉄と全く変わらない。
しかし初めての土地でバスや地下鉄、電車に乗るには勇気が少し必要。
なぜなら、土地勘が全くないから。
でも、最近の私は目的地まで感覚で動けるようになっていた。
それに知らないところにたどり着いても、それはそれでいいかも。と思うようになっていた。
そこで新しい何かが見つかるかもしれないし。

YHに戻った私はそわそわしていた。
そろそろアレックスがやってくるはず。

そして3時過ぎに彼はやってきた。
ロビーのソファーで窓の外を見ながら彼がくるのを待っていたので
彼の姿が見えた瞬間、ドアを開けて外に飛び出していた。

再会を喜ぶ私たち。
しかも彼は今日、ここに泊まると言い出した。
そして、彼は明日オーストラリアに帰るという。
そう、彼はカナダ人ではなくオーストラリア人なのだ。
そして彼はここ、モントリオールではホームレスの宿で生活していたという。
どういうこと????

彼は6時過ぎないとそこに戻れないらしい。
カナダはホームレスにもやさしくて、ホームレスの宿で生活する人は
昼間はそこから出なければならないらしい。
働いてる人もいれば、そうでない人もいるらしい。
そして寒い夜はそこに戻って寝るらしい。
そういえばバンクーバーにもホームレスは多くて、
食事の配給とかをよく目撃していた。
以前、バンクーバーでもホームレスに会った。
彼らはとても陽気だった。
去年のクリスマスに、ホームレスの一人に

Merry Christmas to you!!!

と声をかけられたことがあった。
しかもすっごい笑顔で。
汚い格好だけど、とてもシアワセそうに。

その瞬間、私は今までの何かが壊れた。

それまで多分、私は彼らのことを見下していたのだ。
だけど、私の心は彼らよりも乏しかったことに気づかされたのだ。
でも彼と出会ってから私がホームレスに対する気持ちが変わっていった。
そして毎日顔を合わせるホームレスのおじちゃんとかと挨拶をするようにまでなっていた。

おはよう、今日もバイトかい?

と聞かれれば、

そうだよー。寝不足だけどね。行ってくるねー


いい一日を過ごせよ!!!

そんな風に。

英語が満足に喋れない私がバイトしてるのに、
英語話せるんだから、働いたら???


って話したこともある。
大笑いしてたけどね(笑)

そして以前、歩いていたらジャンキーなのか酔っ払いなのか、変な奴に道をふさがれて
困ってしまったことがあった。
そんな時に、ホームレスの顔見知りのおっちゃんが、
その酔っ払いジャンキーみたいな奴を追っ払ってくれたことがあった。
そんなこともあり、人間は見た目じゃないんだってことを知ることができたし、
こう考えられるようになったのもクリスマスに出会ったホームレスのおかげだ。
どんな理由があってホームレスになったのかは分からないし、
別に知りたくもないけど、人は見た目ではないのだ。

そしてアレックスは相変わらず変わっている奴だった。
彼といると知らなかった世界を見せ付けられる。
私たちはバンクーバーで知り合い、同じ屋根の下で暮らしていたから
私たちにはすでに沢山の思い出があった。
たくさんの友人たちとスノーボードに行ったり、ニューイヤーを一緒に迎えたり、
忘れることの出来ない思い出がたくさんある。
それに何度も喧嘩もしていた。
お互い口を聞かない日もあったし、お互いマジ切れすることもいっぱいあった。
でも、それでもやっぱり友達だった。
そしてここでまた再会することができて本当に嬉しかった。

しかし、ここモントリオールで私たちはまた喧嘩をすることに。
ホームレスの宿に荷物を取りに行くって言うからついて行ったのに、
色んな店に寄り道。
今にも雪になりそうな雨なのに。
傘をもたない私たちは雨に打たれながら歩いていた。
寒くて寒くてたまらない。
外は暗くなってきている。

アレックス、もうそろそろじゃん。早く行こうよ。

そう言っても彼は、まだいいじゃん!
って相変わらずのマイペース。
そういえば、過去、彼にはうんざりするほど待たされていたことが何度もあった。
待ち合わせ、出発の時間に起きるようなやつだ。
起こしてからも、「シャワーあびてくる」とか行ってのんきにシャワー浴びてたりする奴だった。。。
みんなで彼のことを待ってるのに、慌てる様子もなく洋服を選んでたり。
その時の記憶が蘇った。
しばらくはつきあったものの、時間になってもまだ寄り道。
もう、つきあいきれないわ。

アレックス、私、寒いからもう帰る!!!

もう知らない!!!!


と言い残し、私は彼の元を去った。

キイイー!!!腹立つ!!!!!




つづく。

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カナダ旅紀行Vol.8 & Vol.9 - 2013.10.14 Mon

VOL.8 November08
私とシャンテルはこの街が大好きになっていた。
同じ北アメリカに属しながらこんなに異なる街はアメリカに住む彼女にとっても
とても魅力的な場所らしい。
私たちは「いい感じ」が口癖になっていた。
歩いているとCLARK Ave.という通りに出た。
そこは私の理想を十分に満たしてくれる家が並んでいた。
集合住宅地と言われるアパートのような建物。
2階建てが主なのだけど、2階に行く階段が外にあり、
時には小さな螺旋階段だった。
私は幼い頃から螺旋階段が好きだった。
何故かは分からないけど螺旋階段には私を魅了する何かがあった。
家の壁には様々な色。ブラウン、ピンク、パープル、イエロー・・・
窓の形も私が好きな形ばかりだった。
黄色や赤の落ち葉がその家をまた素敵に見せる。
ここに住みたいと思った。
シャンテルと私は「住むならどの家がいい?」
「私はここ!!」などと言い合っていた。

しばらく歩くとSq.st-Louis&Rue prince arturという公園に出た。
この公園にも野生のリスがたくさんいて、公園付近の家もとてもかわいかった。
私たちは魅了され続けていた。

すでに暗くなり始めていた。
アンダーグラウンドに入る。いわゆる地下街だ。
すごく広大なショッピングモールのような場所は私たち旅人には
あまり惹かれるものがなかった。

私たちはノートルダム聖堂にも足を運んだ。
お布施となるだろう2ドルを払った。
ここにはとてにかく圧倒された。
外観もさることながら中もすごい。
1829年に出来たというこの聖堂の美しさは驚きさえ感じる。
ステンドグラスを照らす光が美しかった。
ブルーを基調としたその光。その光は一体どこからやってくるのか?
まるで空に見える雲の隙間から差し込むような温かい光。
そして数知れぬキャンドル。
たくさんあるうちの1つに気をとられた。
まだ半分以上残っていて、どこからともなく吹く風に身を任せている。
このキャンドルに自分の人生を見た気がした。
私は心が洗われていくような気がした。
とても静かな空間だった。
今まで犯してきた罪、過ちを素直に認められるような気持ちにさえなった。
そしてそれらが洗い流されていくような錯覚に陥る。
キリスト、そして神は偉大だった。
外に出て聖堂前の広場のベンチに座った。
外は寒かった。
しかし私たちは魅了され続けていた。

トルコ料理のレストランに入った。
おなかがすいていた私はドネルケバブを食べた。
彼女もまたボリュームがある料理を食べていた。
そしてフレンチフライに酢をかけていた。そして更に塩、コショウを大量。
身体に悪そうだ。
こっちの人はホワイトビネガーをよくポテトにかけて食べているから見慣れていた。
でも彼女の量は半端じゃない。
ポテトがびちょびちょだ。

夜9時くらいまでやっているという美術館に行った。
スーツの人ばかりの上に、今日は特別な展示会があるらしく一般の私たちは入場できなかった。
残念に思いながら仕方なくYHに戻った。
遊び足りない私とシャンテルはYHのカフェスペースでビールを飲むことにした。
そこにはビリヤードやカフェ(バー)スペースがあり、旅行者が溜まって遊んでいる。
そこで私はレインと名乗るイスラエル人と、マックスというカナダのカルガリーからきた人と
友達になった。
彼らも旅人で、一緒にビリヤードをした。
私はビリヤードは過去に何度かやったことがあるけど、私の下手さと言ったら驚くものがある。
私以外の人はとても上手で私とペアを組んだ人が気の毒に思うくらい、
私は下手くそだ。
私とシャンテルは再びビールを飲む。
そしてビリヤードに挑んだ。
そして何故かビール効果が!!!
ビリヤードが下手な私が、驚くくらい上手なのだ(笑)
それを見ていたシャンテルもレインも大爆笑。
私の実力発揮か?!

ところが途中で酔っ払いすぎて、自分のボールがストレートかストライプか
分からなくなってしまう。

わたしのって、どっちだっけ・・・?


周りにいたみんな大爆笑。
私も大笑い。
その後も何度もゲームをした。
下手な私だけど、とても楽しい時間だった。

その後はレインに日本語を教えた。
彼は私が興味を持つイスラエル出身。
ハイファという海に面した町が彼の故郷らしい。
彼はインドなどから数ヶ月旅をしてきたようだった。
インドに行ったことがある私にとって彼との会話はとても楽しいものだった。
彼は漢字を少しだけ書くことができた。
「雨」と書いてレインと呼んでいたのだ。

風、龍、海、空、雨などの漢字をすでに知っていた。
そしてその意味も。

そんな会話をしていると同じ年くらいだろうカナダ人の男の子が話しかけてきた。

これ、日本語でしょ?なんて読むの??

無造作にカタカナが書かれていた。意味は?と聞かれても答えようがなかった。

うーん、意味はない。ABCみたいにアルファベットを適当に並べてあるだけだよ

と答えると、それでも彼は覚えたてのカタカナを自慢げに知り合いらしき人に説明していた。
なんだかかわいい。

今日はたくさん歩いた。疲れた。
足にマメが出来て、血がにじんでいた。
こんなの何年ぶりだろう?
どのくらい歩いたんだろう?
夜はぐっすり眠れそうだ。




Vol.9 November 09
今日の夕方から夜行列車でシャンテルはハリファックスという街に向かう。
20世紀最大の海難事故である豪華客船、あのタイタニックがイギリスからNYを目指すその途中で
氷山に追突。
その事故現場海域にもっとも近いのがハリファックスなのだ。
そこには多くの犠牲者が眠る墓地もあるらしい。
タイタニックの暗い影を残す街も今は沢山の人が訪れる名所である。
彼女はYHをチェックアウトした。
夕方の列車まで時間があるのでYH内にあるコインロッカーに荷物を預けて。

私たちは昨日どうしてもたどり着くことが出来なかった聖ジョセフ礼拝堂を目指した。
今日はメトロに乗った。2回乗り換えた。
駅を出てから少し歩くと、それはその姿を現した。
とにかく大きく、ずっしりと構えていた。
公園の様に広いその敷地内はとても美しかった。
礼拝堂はグリーンの屋根でその遥かてっぺんには十字架が見える。
私たちはひきつけられるように入り口に続く階段を上る。
階段がとてもつらかった。体力のなさを感じる。
中はとても静かで広かった。

こんな大きな礼拝堂は初めて。

シャンテルもそう驚いていた。
みんな何を思ってここに来るのだろう?
ここにはこんなにたくさんの教会がある。
でもそこは神聖な場所であることに変わりなかった。
私はモントリオールをなめていた。
こんなに歴史深い街だとは思っていなかったからだ。
甘かった。

あの疲れる階段を膝まづいて登る若い人が5人くらいいた。
巡礼者なのだろう。初めてみるその姿、その光景。
初めてみるものばかりで驚かされている。

私たちはドルチェスター広場に行った。
記念碑や銅像もある。
ここから見える建物もすごい。
教会の上にはキリストだろう人を含め、何人かの像も見える。
まるで天から降りてきた聖者のようだ。

マギル大学に行った。
建物は古く歴史があるように感じられた。1829年に開校されたこの学校は
医学部の名門として有名らしい。
私はここの雰囲気が好きだ。
枯葉がたくさん落ちていて秋はすでに過ぎ去り、冬の訪れを感じた。
学生たちにまぎれて、私とシャンテルも、ここの学生の素振りをしていた。
でもアジア人は一人も見えなかったから私は異様に見えたかもしれない。
シャンテルと私はボーっと人間ウオッチングをしていた。
私はここでの学生姿の自分を妄想しながら色んなことを思い出していた。
私にも学生時代はあって、それはこの間のことなのに遠い昔のようにも感じる。
けれど私は明らかに年をとっていた。
あの頃見えていなかった世間が少しだけ見えるようになっていたからだ。
私は常に成長したいと思っている。
でもその反面、それを怖いと感じる時がある。
それは世間でいう「大人」になるのを恐れているからだと思う。
「世間」とか「一般的」という言葉が苦手な私は、はみだしものであることは分かっている。
もちろん世間のいうそれを受け入れて生きれば普通に幸福な人生が過ごせるだろうことは
自分でもよく分かっている。
でも、いざとなると私にはそれが難しいことだと気づいたのだ。
一生懸命もがいてきた。不器用なだけなのかもしれないけど。
素直で純粋だから自分が納得いくようにしか生きられないんじゃないか?
などと自分の都合のいいように解釈したりもした。
都合のいい自分なりの意見が、また世間に押しつぶされることも十分分かってはいるけれど。

グランドでスポーツをしていた学生の声によって、ハッと現実に引き戻された。
彼女も私と同じようなことを考えていたのだろうか?
私たちは大学を後にした。


つづく

プリントされてる写真を撮影したから画像がきれいじゃないけど
雰囲気だけでも伝わればいいかなと。
左上が、シャンテル。左中央はかわいいカラフルな家。左下が宿泊していたYH
右上は聖ジョセフ礼拝堂。右下もかわいい階段がある家。

mon.jpg




カナダ旅紀行 Vol.6 & 7 - 2013.10.10 Thu

随分前ですが、カナダ横断したときの日記をアップしています。

Vol.1-2はこちらから→http://tabisuruasia.blog.fc2.com/blog-entry-147.html

Vol.3-5はこちらから→http://tabisuruasia.blog.fc2.com/blog-entry-148.html

Vol.6 November 07
ばあちゃんと別れる。
11:30発の列車の予約をしていたけど、6:50発の列車に変更してもらい
セバスチャンと共にモントリオールを目指す。
私が使っているカナダの列車パスチケットは、長距離でも使えるので重宝するんだけど
混むだろう路線は事前に予約しておいたのだ。
でも、予約変更も特に手数料を取られることもなくすんなり変更できた。

さっきまで乗車していたトロント行きの列車に乗っていたアメリカ人の女の子がいて、
私とセバスチャンの前に座った。
彼女はフランス語を勉強していて、セバスチャンと私の勉強会にも少しだけ
参加していた子だったので、少しだけ顔見知りだ。

列車に乗り込む前に空に目を奪われた。
朝日がピンクだ。
こんなにピンクに染まった空は生まれて初めて見た。
とてもかわいらしくキレイな空だった。
これからの私の旅路はきっといいものになるだろう。
そんな予感がした。

夜通し話しをしていた私とセバスチャンは列車に乗り込み、すぐに寝てしまった。
この列車はコリドー号と呼ばれる列車で、さっきまで乗っていたバンクーバーとトロントを
結ぶ大陸横断列車のカナディアン号と比べると狭いけど、キレイだった。
目が覚めてセバスチャンと話をしていると、前に座るアメリカの女の子に話しかけられた。

今日はどこに泊まるの?

私は自分のガイドブックを取り出し、

多分ここ

と答えた。すると彼女も、

私もここに行きたかったの!でも私のガイドブック、電話番号が載ってなくて・・・

一緒に行こう!ということになったのは言うまでもない。
彼女の名前はシャンテル。

モントリオールが近づいてきた。
想像以上の大都会。
駅に到着。
ずっと一緒だったセバスチャンともお別れだ。
彼は母親が迎えにきていた。母親はセバスチャンの姿を見つけると嬉しそうに手を振ってきて
アツいハグをしていた。
母親に圧倒された私は、セバスチャンとちゃんとお別れができなかった。
簡単にさよならを告げただけだった。
でも、「何か困ったことがあったら連絡して」と電話番号をもらっていたし、
さよならを言うには早すぎると思っていた。

そして駅を出た私とシャンテルはYH(ユースホステル・安い宿)に向かって歩き始めた。
彼女がYHに電話してくれて空き部屋を確認してOKだったのだ。
そこは駅から歩いていける距離だったけど、重いバックパックを背負う私たちには
とても遠くに感じる。
ようやく到着した。
1泊19ドルでシーツ代2ドル。
カードキーを渡される。
私とシャンテルは同室の4人ドミトリーだ。
(ドミトリーとは共同部屋。大体が2段ベッド)
もちろんTVなんかはなく、シャワー、トイレ、ベッドみ。
でも部屋はきれいだった。
下のフロアに行くとカフェがあり3台パソコンがあったのでメールチェックをした。
たった5日間見てないだけでたくさんのメールが入っていた。
この文明の進歩には驚かされるなあ。
旅をしている私にとって、愛する人や友人、家族に連絡を瞬時に取ることができる
優れた役割を果たす。

その後、シャンテルとモントリオール探索に出かけた。
旧市街に行った。古い町だった。
落ち葉で埋め尽くされた通りを歩く。
そこは旧港と呼ばれる一帯だった。
すぐ目の前には大きなセントローレンス河。
港の時計灯を遠くから見る。
夕日が今朝の朝日にも負けないくらいのピンクで美しかった。
モントリオールを色で表現するとピンクの街だ。
ピンクの朝日に始まり、ピンクの夕日で一日が終わる。
私の心もすっかりピンクに染まっていた。

私たちは共通の趣味が「写真」であることを知り、2人で写真を撮りまくった。
初めのうちは彼女のアメリカ英語が聞き取りにくく、
カナダ英語に慣れていた私は何度も聞き返してしまっていた。
あまり会話が出来なかった。
そして自分の英語力の乏しさもしみじみと痛感していた。
そして、何より私は緊張していたのかもしれない。
でも、2人でモントリオール探索するうちに少しずつ打ち解けてきた。

セバスチャンから聞いていたデニスストリートに着いた。
そこにはかわいらしい店やお洒落なレストランやバーが立ち並ぶ。
週末の夜は遅くまで遊べそうだ。
一つ一つの建物は高いビルではなく、2~3階建てが主流な感じ。
日本人なんて誰一人もいなくて、いかにも海外!って感じがした。

私たちは小洒落たアジア風のレストランに入った。
シャンテルはヌードルに七味を沢山かけていた。
辛いものが好きらしい。
私は照り焼き風味のソースがかかった野菜と肉の炒め物とライス。
まあまあおいしかった。
味はともかく、来ているお客さんもお店も本当にお洒落だ。
シャンテルと私は、同じ年だということを知った。
彼女は2月26日うまれ、私は2月22日うまれ。
「うお座ね?」と言われた。
誕生日も近くて、こうして私たちは仲良くなっていった。

食事を終え「ビールでも飲みに行こうよ」ということになり、
デニスストリートのバーに入る。
なかなかいい感じだ。
そしてやたらと声をかけられる。
日本人は珍しいらしい。日本人と会話するのは初めてだよ!
とか、とにかくやたらと声かけられる。
流暢とはいえない英語で話しかけてくるケベコワたち。
(ケベック州のモントリオールの公用語はフランス語なので)
日本のナンパとはまたちょっと違って、こっちの人って普通に出会った人と話する感じ。
ビールも何杯もご馳走になった。
女子って、得よね(笑)
でも、見知らぬ土地でこうやって色んな人と出会い、話するのは楽しい。

そして2軒目にも行き、飲みまくる。
シャンテルとはだいぶ気心知れてきて、私も話ができるようになってきた。
お互いボーイフレンドの話をしたり、彼女は沖縄に行ったことがあること、
この旅を終えたらアフリカにボランテイアに行くんだということ。
色んな話をした。
店を出て歩き始める。彼女は日本語の1~3くらいまで知っていたので
10まで教えた。

イチ・二・サン・シ・ゴ・・・ナナ??

ノーノー!!ロク!!ロク!!!

オー、ロクロクロクロク・・・

その後も酔っ払った勢いでわけも分からないことをペラペラ話している。
2人でキャーキャー騒ぎながら。
それはまるで仲のいい友達と飲みに行った帰り道の様に感じた。
そしてそれがとても楽しかった。

私たちはホステルまで地下鉄で帰ろうと思いつき、駅を探す。
見つかった駅からは2ドルで、ホステルのすぐ近くまで行った。
モントリオールは地下鉄がいくつかある。
東京ほどではないけど。

ホステルに戻った私は洗濯機を回しながらバンクーバーにいる愛しき人たちに電話をかけた。

わたし、モントリオール大好き!!!

と。


Vol.7 November 08
今日は朝からシャンテルとモンロワイヤルパークに行く。
街の名の由来にもなった公園。
昨夜バーで知り合った人たちに勧められた場所。
パークと言っても山なので、そこにたどり着くまでがつらかった。
坂道の途中、大学のような建物から生徒がたくさん出てきた。
スケーターファッションが多いバンクーバーの人間に比べると、ヨーロッパ系のファッションでお洒落だ。
やっとの思いで登る。
野生のリスが何匹も出迎えてくれた。
尻尾が大きく、グレーやブラウンのリスたち。
人間と動物が共存している。
息を切らしながら登る。シャンテルは大きな身体の割りにスイスイと登る。
そういえば彼女はアメリカにいる時はジョギングを欠かさないと言っていた。
体力があるわけだ。
彼女についていくのがやっとだ。

展望台についた。そこからはモントリオールの町が見下ろせた。
高く聳え立つビルはこの街の近代化を物語る。
私はこの街に魅了されていた。
ただ、今日は天気が悪い。
残念な気がしたけど、そんなのどうでもよかった。
私は、モントリオールにいる。ただそれだけで十分だったのだ。
モントリオールは、人口300万人。
17世紀半ばはフランスの植民地だったのだ。
現在でも看板などはフランス語で公用語もフランス語。

聖ジョセフ礼拝堂へ行きたかった私たちは自分たちの感覚にまかせ歩き始めた。
しかし、それが失敗だった。
なんとセメタリー(墓地)に迷い込んでしまったのだ。。。
しかも、とてつもなく広い。一体、帰れるのかどうかも分からなくなってきた。
でもこんな場所に来ることもそうはないと自分を言い聞かせて、
彼女と日本とアメリカの墓地の違いなどを話し始めた。
宗教、文化の違う彼女との会話は楽しかった。
私は海外の人と宗教の話は極力しないようにしている。
しかし彼女は寛容というか、おおざっぱというか、よく言えば色んなことに興味を持つ人間だったので
そんなことはお互い気にもならなかった。
私は宗教家ではないが宗教にはものすごい関心がある。
宗教とはそもそも何なのか?
私は日本人だから多分、仏教か神道。
仏教の教えも素晴らしいし、それらの時代背景があったから今の日本が存在すると思っている。
日本史も好きだった。
でも、世界史も大好きだった。世界を創り出している基盤があるから。
キリスト教も仏教もヒンドウーもユダヤもイスラムもそれぞれがいい部分があるだろうし。
今のこうした時代があるのは宗教戦争が過去に何度も行われてきた結果でもあるし、
どれが一番とは決められないけど、興味深い。
彼女も同じようだった。彼女は「熱心な信者じゃないから教会もほとんど行かない」
と言っていた。おそらくプロテスタントだと思う(キリスト教は大まかに分けると、
プロテスタント、カトリックなどに分けられているらしい)
でも、それは日本も同じで。
宗教っていうとちょっとひいてしまう部分があって、熱心じゃない人が多いよね。
私もそのうちの1人だけど、知らないことを知るのは楽しい。
こうやって異文化の地にいると日本は独特な文化を持っていることに改めて気づかされる。
日本を離れて、日本を知るということの一つなんだと思う。

私たちは「死」についても話した。
こんな場所でこんな話をするのもどうかと思うけど、こんな場所だから話せたと思う。
輪廻転生の考え方は彼女にとっても、魅力的らしい。
お互いの国の葬儀の仕方について話もした。
セメタリーにいた時間はどこか別の、そう、死を体験するような異次元の世界に迷い込んだかの
ようだった。

そしてようやくセメタリーから抜け出すことができた私たちは
温かい家庭があるような家がポツポツとあるような丘を歩いていた。
そこはとても優雅で心が温まっていった。
おいしそうなパン屋さん、かわいらしいカフェ。
途中、ギリシア系の店が何軒か現れた。
恐らく、ギリシア移民街なのだろう。モントリオールは移民も多いらしく色んな町がある。

私は寒かった。11月のモントリオールは寒い。寒すぎる。
シャンテルも同じだったようで私たちはかわいらしいカフェに入った。
ホットチョコレートを注文した。
店もかわいいし、とても贅沢な時間に感じられた。
人々は本を読んだり、温かいコーヒーを飲みながらゆっくりした時間を過ごす。
心のゆとりを感じた。
私が注文したホットチョコレートは、冷え切った身体に染み入るように
私を暖めてくれた。


つづく








カナダ旅紀行Vol.3 & 4 & 5 - 2013.10.08 Tue

昔のカナダ横断の日記を只今ブログで公開中です。

Vol.1&2はこちらから→http://tabisuruasia.blog.fc2.com/blog-entry-147.html

まだまだしばらく続きそうです。


カナダ旅紀行
 
Vol.3 November 05

目が覚めるとそこは晴天の金色の世界だった。
サスカチュワン州からマニトバ州に入ったらしい。
大大大大平原。
おまけに昨日までの大雪が嘘のように思えるほどの天気のよさで
全くの別世界だった。
しかし所々にある湖は凍っていた。
カナディアンロッキーの山や湖の美しさもさることながら、
私はこの何もなくどこまでも続く金色に輝く平原の世界がお気に入りとなった。
農家の家々がポツポツと見える。

10:00AM近くにばあちゃんがコーヒーをご馳走してくれた。
彼女とは本当に親しくなってきていて、とても好きになってきている。

「あなたの笑顔はステキよ。いつでもそのスマイルを忘れてはダメ。
きっとそのスマイルがあなたにとっての幸運をもたらすわ」

今までこんなことを言われたことはなかったし、考えたこともなかったから
何だかすごく嬉しかった。

「ほら、スーザン、外見て。きれいよ」

ばあちゃんは相変わらずオシャベリで、私が理解していなくても一人で話つづける。

日本人の子と話をする。
彼女はウィ二ペグで降りてしまうので、お互いの募る話をした。
11:10に到着予定だったけど2時間遅れで到着。
彼女はウィ二ペグより北上し、チャーチルへ白熊を見に行くという。
シロクマかあ。。。見てみたいなあ。
野生のシロクマなんて、そう簡単に見れるものじゃない。と半分羨ましくも思えた。
彼女との別れがやってきた。でもまたどこかで会える。そんな気がした。

ウィ二ペグ駅に到着し、ばあちゃんと2人で降りる。
駅を出て回りをウロウロしてみるが何もない。
見えるのはビルとガスステーション(ガソリンスタンド)だけだ。
駅構内にある売店でホットドッグとコーラを購入。本日初の買い物。
列車の発車時刻まで少し時間があるので待合室に行く。
フリーのコーヒーがあり、ばあちゃんが飲みたいというのでコーヒーを注ぐ。
ばあちゃんは知らない人たちとベラベラ話しをしている。
旅に出て気づいたのだが、こっちの人は知らない人ともよく会話をする。
日本ではあまり考えられないけど、私もそれになれてしまっていることに気づいた。
以前、バンクーバーでもバスを待っている時や、ピザ屋で並んでいる時にも
「その帽子、いいね。どこで買ったの?」とか聞かれたりもした。

ばあちゃんは話をしている相手に、
「この子は日本から一人で来て旅をしているの。ずっと一緒にいるから
何だか他人に思えなくて」

と言っていた。何だか嬉しかった。
彼女はすっかり私のおばあちゃんになっていたからだ。

列車が出発する。ウィ二ペグに別れを告げる。
私は寝不足のせいか、しばらく寝てしまった。
目が覚めるとすでに夕方になっていた。バンクーバーから列車に乗った私は
もう遠くまで来ていることに気づいた。
カナダ国内でも時差があり、少しずつ時計の針を進めるのだ。
のんびりしていると、ばあちゃんが「サムも誘ったから食事にしましょう」と誘ってくれた。


5:30過ぎにダイニングカーに行く。
ばあちゃん、他のばあさん、私、セバスチャンの4人で食事をする。
牛肉のステーキにボイルしたにんじん、マッシュポテト、ぱさぱさしたライス、
そしてフランスパン。
11ドルという、私にはちょっと豪華な食事だった。
しかも、ばあちゃんのおごりだと言う。
牛肉はやわらかくておいしかった。
しかも、今日はなんとばあちゃんのバースデイだということを知った。
もう1つ知ったことは、ばあちゃんの名前がパトリシアということだ。
ニックネームはパト。かわいい。

私たちはささやかながら、ばあちゃんの誕生日を祝った。
ばあちゃんは自分の誕生日を誰かに祝ってもらいたかったのかもしれない。
今日のデイナーはそれはそれは楽しい時間だった。
食事も終わり、セバスチャンと私は休憩所で話をしていた。
ばあちゃんが「コーヒーでも飲みなさい」と小遣いをくれた。
ばあちゃんに世話になりっぱなしの私たちはすっかりばあちゃんの孫になっていた。
何かと世話を焼いてくれ、とてもキュートなばあちゃん。
初めのうちは変わり者だと思っていたけど、今では彼女のことが本当に大好き。


セバスチャンと再びフランス語と日本語の勉強会。
やっぱりフランス語は難しい。
そして、モントリオールについての危険な情報も教えてもらった。
やはりどこに行ってもいいことばかりではなく、危険はつきものだ。
私はいい場所の話を聞くのはもちろんだが、危険な場所についてもよく聞くようにしている。
それは1人で旅をする人にとっては当たり前の常識。
そして、その反面、危険な場所と言うのは何故か惹かれるものがある。
子供の頃から「ダメだよ」と言われることには興味を持ってしまう性質。
なぜダメなんだろう? ダメと言われれば言われるほど、覗き込んでしまいたくなるのが
人間の性ではないろうか?

必ずと言っていいほど、美しいものの裏には汚れたものがある。
その両面を知ることが私の楽しみの1つであり、旅先では、旅をしている気持ちにさせられる。
だから私は旅が好きだ。

セバスチャンはこの列車に乗る前のグレハン(グレイハウンドというバス)で荷物を紛失していた。
今持っているギター以外に、もう1つギターを持っていたらしく、それを紛失したといって
すごく残念がっていた。
私もシアトルからバンクーバーのフライトで荷物が出てこなかったときには
泣くにも泣けず、ただひたすらボーっとしていたので彼の気持ちも分かる。
結局、勉強会という名のトークは3:00AMくらいまで続いた・・・・



Vol.4 November 06
今日はトロントに到着する日だ。
長かった列車の旅も今日で終了する。
心なしか寂しく感じる。
この列車の旅で私が得たものは一体なんだろう。
きっとそんなことを考える必要なんてないのかもしれない。
でも私はカナダの大いなる自然をしみじみと感じ、カナダの広さを身体で感じ、
人の温かさを身にしみて感じていた。
日本と異なったこの広大なカナダで、異なった言葉を話す人たちとこうやって出会えたのは
偶然が生み出した必然ではないだろうか?
出会うべくして出会ったんではないだろうか?

オンタリオ州に入る。景色も変わる。
最近寝るのが遅いので、どうしても2度寝をしてしまう。
夜8時過ぎにつくはずなのに、なかなか到着しない。
トロントに着くのは明日の早朝だと言われ、予約してあるYH(ユースホステル)は
どうしたらいいのか途方にくれていると、乗務員さんが連絡してくれるという。
キャンセルしてもらうことになった。
まあ、私としては1泊分浮くので喜ばしきハプニング。
ばあちゃんが「セバスチャンと食事をしてきなさい」と小遣いをくれようとしたので
セバスチャンと断ったのだが、ばあちゃんに敵うはずはなく、
結局負けて、ばあちゃんからもらった小遣いを握り締めてダイニングカーに行った。
ターキーサンドを注文。ボリュームもあっておいしい。
乗務員さんがやってきて「宿はキャンセルできたよ」と報告しにきてくれた。
そして「ここのお代もいただきましたよ」と。

え?

私とセバスチャンは目が点。
どうやら、ばあちゃんが払っていたらしい。
セバスチャンと2人でばあちゃんに聞きに行くと、
「それでコーヒーでも飲みなさい」と言われる。
ダイニングカーに戻り、ターキーサンドを頬張りながらセバスチャンと2人で

なんで、パトばあちゃんはあんなにやさしいの?

という話になった。
もしかしたら、お金持ちなのかも!とか色々な妄想はしてみたものの、
結論は出なかった。
とにかく、私たち以外にも他にも乗客はいっぱいいるのに、
私とセバスチャンのことは、まるで本当の孫みたいにかわいがってくれるのだ。
ちょっと、いや、だいぶ小言は多いんだけど、それでも本当にかわいがってくれる。
私は彼女に何か出来ることはないか?と考えた。
以前、京都で買った和風のポストカードにメッセージを書くことしか思い浮かばなかった。

その後も今では親しき友人となったセバスチャンと話をしていた。
彼は心の優しい人。お互い、たくさんの話をした。
私たちの会話は尽きることがなかった。
別々の場所で生まれ、生活し、異なった文化を持ち、異なった言葉を話す。
それでも彼は私の友人であることに違いなかった。

途中、韓国人の男の子がやってきた。
私たちはフランス語、英語、日本語以外の韓国語も受け入れていた。
彼もまた母国語以外の言葉を受け入れていた。
韓国人はラーメンが好きだ。インスタントラーメンを茹でもせず、
その袋の中にスープの粉末を入れてシャカシャカさせてから
バリバリと麺を食べていた。
しかもそれを勧めてくる(笑)
んー、まあ、食べれないこともないな。


Vol.5 November 07
4:30AM Toronto
やっとトロントに到着した。しかし外は真っ暗。
6時くらいまで車内にいていいというので、私は荷物のパッキング。
列車旅とは言え、指定席、2席利用だし、数日間を列車の中で過ごすわけだから
歯磨きやら洗顔やら色々しなければならないこともあるわけで。

ばあちゃんがオレンジジュースをくれた。
ばあちゃんとの別れも近づく。
私はメッセージを書いたポストカードと、日本から持ってきた和柄のコインケースを
ばあちゃんにプレゼントした。
ばあちゃんは私をギュっと抱きしめキスをした。
私は涙が溢れそうになるのをこらえるのに必死だった。
ばあちゃんも同じだったようで
「涙が出てしまうからあっちに戻って」(ばあちゃんの隣の席にいたので)
と、ばあちゃんらしい返事が返ってきた。
私は自分の席に戻った。
ばあちゃんはメガネをはずして涙を拭いていた。
あのポストカードを何度もバッグから出したりしまったり・・・を繰り返していた。

パトばあちゃんへ。
とても楽しい列車の旅をありがとう。
またいつの日か、会える時が来るのを楽しみにしています。
スーザン(アキ)より


その後ばあちゃんは

「きっと次に会うとき、私はもう天国よ」

そう言った。
でも、それでもいいからまた会いたいと思った。

ばあちゃんには、ジョンという旦那さんがいて2人はトロントに住んでいる。
ジョンは過去に日本を訪れたことがあるという。
ミネラルウオーター関係の仕事をしていて日本に来たことがあるらしい。
その時、日本人はとても親切にしてくれたと。
だからばあちゃんは日本人である私に親近感を覚えたらしい。
ジョンやばあちゃんには友達がたくさんいたが、年をとって周りの友達は段々と
この世を去ってしまった。それは彼女たちにとってはとても悲しい出来事で、
今のジョンにとっては、ばあちゃんは話相手であり、人生のパートナーだと言っていた。

私に友達がたくさん出来ちゃうと、ジョンが焼きもちを焼くわ

と言っていた。私にはそんな風に何歳になっても素敵な恋愛ができるばあちゃんが輝いて見えた。
私が出会った彼女はもう白髪のおばあちゃんだったけど、彼女にも私のように
若かった頃があって、彼女はその時代を生き抜いてきた。
そして今の彼女がここにいる。
きっと魅力的な人だったに違いない。
人生の半分以上を彼と過ごして、それでも出会った頃の気持ちを持ち続けている彼女は
とても素敵だった。
それは私が未だない人生を生きてきた彼女から教わった大切なことだった。

06:10AM TORONTO駅、下車
列車を降りる。
私はセバスチャンとモントリオール行きの列車に乗る。
いよいよばあちゃんとの別れがやってきた。
ばあちゃんはジョンが迎えに来てくれているという。
胸がいっぱいになる。涙が出そうになるのを必死でこらえた。

スーザン、とても楽しかったわ。十分気をつけて旅をするのよ。
あなたの旅が成功することを祈ってるわ。
また会える日がきっと来るから。


私は「ありがとう」と言って彼女を抱きしめた。
ばあちゃんはすごくすごく小さかった。


つづく

***************************************************************

一気に5まで書いてしまいました。
長い列車の旅、列車で4泊しバンクーバーからトロントに到着。
長かったー、列車旅(笑)
この後はカナダの東部、フランス語圏のモントリオールに向かいます。






カナダ旅紀行Vol.1&2 - 2013.10.07 Mon

ものすごくご無沙汰しております。
元気でやっております。

先日、部屋の掃除をしていたら初めての一人旅の日記が出てきました。
初めての一人旅はカナダ横断。
当時カナダに住んでいたので、海外が初っていうわけじゃないけど
私にとっての初一人旅はカナダで、その時のことは今でも鮮明に覚えています。
今、読み返すと何か私、めっちゃ悩んでたんだなーとか思ったり(笑)
(今でも悩んでますけど!!)

そして当時の方が文章力があった気がする・・・(笑)

そんなわけで、「旅するAsia」のアジア編じゃなくなるけど、その時の日記を
UPしていこうかなーなんて思ってます。
ちなみに相場なんかは当時のものをそのまま記入。
今と、色々違うと思いますが、まあ参考までに。


カナダ旅紀行

November 03 2000

今、私はカナダ横断列車VIA RAILカナディアン号という列車で
トロントという大都市に向かっている。
私の旅が始まった。
只今の時刻は6:24PM。
ちなみにVIAは初めて乗る列車。
本来ならば豪華と言われているこの列車にどうして私が乗っているのかというと
まずオフシーズンということが一つ目。
もう一つは24歳以下ということ。
この2点でかなりの格安になったからという簡単で単純な理由である。
カナダドル359(当時1ドル78円だったので日本円で2万8千円)
という金額で約1ヶ月横断、周遊できるのだ。

実はこのチケット、シーズン中だと700ドルを越えるチケットである。
一時帰国した時の日本で購入した。
旅行会社もこのチケットを扱うのが初めてらしく、手際が悪かった。
私が住んでいるバンクーバーでも買えるけど、なんせTAX(税金)が高い。
なので、あえて日本で購入した。

なぜ私はビューンとすぐに目的地にたどり着ける飛行機や、
使い勝手のいいグレハン(長距離バス)を選ばずに、
本数の少ない列車を選んだのか?

まず値段の安さもさることながら、バスよりも座席が広くラクという点があげられた。
そしてバスで旅した友人は何人も知っている。
飛行機はあっと言う間だけど、それではつまらない。
しかし、列車で旅をした人は私の周りには誰もいなかった。

それじゃ、私が乗ってみよう。

そして大自然の中を走りぬく鉄道、VIA RAILに少なからずの興奮と
期待を抱いていたということも忘れてはいけないだろう。

今、私はエコノミー車両にいる。
9Aという席がトロントまでの私の指定席となった。
9A,9Bという2人掛けを占領した。
足場は広く、日本の新幹線の1.5倍以上はあるだろうか。
リクライニング式でぐったりと横になれる。
これならそんな疲れることもないだろう。
先ほど、枕と毛布が用意された。

しかし問題が一つ。
通路あけて反対側の9C,9Dの2人掛けにいるカナダ人のおばあちゃん。
悪い人ではなさそうだけど、少し変わり者といった感じだ。
私に新聞の切り抜きを投げつけてきた。
暇そうにしている私に「読め」と言わんばかりに。
このおばあちゃんもトロント行き。
長いつきあいになりそうだ・・・



November 4th 2000
うとうとして目が覚めたのは9:00AM過ぎ。
少々お腹も減った。
列車の中でコーヒーを買う。1.5ドル。
買いだめしておいたカップラーメンを食べようと思ったけど、
そこで「しまった。。。」と気づく。
そう、フォークを忘れたのだ。仕方なく無料でくれるスプーンをもらい、
インスタントのコーンスープに湯を入れて飲む。
(お湯はもらえる)
そしてバンクーバーで通いつめているグロッサリーストアのポーさんの店で買った
チョコレートマフィンをほおばる。やっぱり私はこのマフィンが大好きだ。

隣のおばあちゃんに色々と話しかけられる。
早口で小声のおばあちゃんだ。
何故か、おばあちゃんに連れられ、列車の名物でもあるらしいスカイドームへ行く。
天井も窓になっているので、長旅のちょっとした娯楽になりそうだ。
韓国人2人組がいて話をする。
お互いアジア人ということで、こういう時に親近感を抱いてしまうのは私だけではないはずだ。
トロント行きの別のばあさんがいて、一緒に話をする。
列車の旅は圧倒的に年寄りが多い。
時間があるし、飛行機嫌いだったりするのも理由なんだろう。
このばあさんもVIAは初めてだそうだ。
とても嬉しそう。

10:52AM JASPER到着
雪が降っている。さすがはカナダ。
大自然の雄大さを感じられる。が、それよりもこれからの旅路を考えると
どうしてもフォークが必要な私は、ジャスパーの町で下車しフォークを探す。
(列車は長距離な為、一駅に1~2時間くらい停車する)
2軒目でようやくフォーク購入。
フォークやスプーンは自炊しながら旅をする私には必需品なのだ。
そしてポストカードを購入。
雪が段々ひどくなってきた。これがカナデイアンロッキーなのだ。
しかしオフシーズンなので町は閑散としていてもの悲しく感じた。
1時間程の停車後、私たちはジャスパーを後にした。

列車は雪の中を走り出す。外の景色はとても素晴らしい。
白銀の世界とはこのことを言うのだろう。
湖、山、これが大自然の国、カナダ。
野生の動物がいないかと、目を凝らしてみてみるけどそんな簡単に見つかるはずもない。

列車の乗務員さんにお湯をもらい、「辛ラーメン」を食べる。
この列車旅の為に買い込んだ重い食料を減らすことに専念したい。

反対側のおばあちゃんに招かれ、彼女の隣に座る。
凍った湖、雪で覆われた真っ白い雪山を一緒に楽しんだ。
彼女は75歳。ちょっとオシャベリで変わり者。
けれど何かと私のことをかまってくれる。
「盗難には注意しなさい」とか。
でも小声すぎて何を言ってるかよく分からない。
ただ、悪い人じゃないことは確かだった。
私は彼女のことを密かに「ばあちゃん」と呼んでいた。

5:20PM EDMONTON
吹雪。
アルバータ州の州都で都会なはずだけど、駅周辺は寂れた北国だった。
雪で周りは全く見えないから、そう思うのも仕方ない。
私の隣に人が来た。
列車も混んできたから仕方ないことだ。
ばあちゃんが仕切りに乗務員に「この子(私のこと)は、長旅なんだから1人で
2人掛けを使わせてあげてよ」と言っているのが聞こえた。
でも、なんせエコノミー。仕方ない。
しかしこの隣に来た中国人女性、やたらと動く。
立ったり座ったり。だいぶうざい。

すると一人の日本人の女の子に話しかけられた。
6月くらいにバンクーバーで私がいたところにいたらしい。
私のことを覚えていてくれて(私は微妙だったけど)、そんな彼女とは
この旅始まって以来の日本語で会話。

その後、私はやはり今まで1人で2人掛けを利用していたせいか狭く感じてしまい、
ばあちゃんと2人でスカイドーム手前の誰もが座れる休憩スペースに行った。
今朝会ったばあさんもいて、私の周りはばあちゃんだらけになった。
ばあちゃんはギャグを言っていたからちょっと驚いた。
しかも、私のことを12歳だと思っていた。。。(笑)

「12歳とかなのに、

一人で列車に乗っていたからびっくりしていたの」


って、オイオイ。。。
小学生か、私は(笑)

ばあちゃんたちの話題はカジノで持ちきりだった。
あまりに早口で喋るばあちゃんたちに「?」の私だったけど
「あなたは全部を理解していないみたいだけど、まあいいわ。そのうち慣れるわよ」
と言った。

一人の男の子が本を片手に現れた。
ばあちゃんは、

「サム!!!」

と呼んでいた。知り合い?
しかし知り合いではなかった(笑)
彼の名はセバスチャン。一体どうなってるんだ?

「あなたはサムって感じよ。セバスチャンなんて長くて覚えられないからサムでいいわね」

・・・ばあちゃん・・・

そういえば、ばあちゃんは私のことを

「スーザン」

と呼ぶ。最初、スーザン、スーザン言っていて誰のことか分からなかったし、
何か英語の意味があるのかと思っていたら、私のことだった(笑)

「あなたはスーザンって名前がぴったりよ」

この日から私のイングリッシュネームはスーザンになった。

もう一人のばあさんはモントリオール出身。
カナダ東部でフランス語圏。
セバスチャンもモントリオール出身。
だけど、ばあさんは英語を話すけどフランス語が話せないモントリオール人、
セバスチャンはフランス語を話すけど英語が得意ではないモントリオール人。
なんとも面白い国だ。

セバスチャンが「ギターもって来て練習していい?」というので
もちろん年取ったガールズと私は大歓迎。
彼はアコースティックで演奏してくれた。
とても温かい、心が落ち着く音色。

ばあちゃんたちが私に「サムはどう?」「彼はとってもキュートよ」
「いいじゃない」とやたらと彼を私に勧めてくる。
どこの国でも、年寄りは同じだ(笑)

寝るのが早いばーちゃんたちは寝床(座席)に戻っていった。
私はセバスチャンにモントリオールのPUBや、いい感じの店を教えてもらったり
フランス語を教えてもらう。
彼はモントリオール人。ケベック人。ケベック州の人。
自分のことを「ケベコワ」と言う。

「ケベコワ(ケベック人)はフランス語が主で、自分たちをカナダ人だと思っていない。
ケベコワ人だと思っているんだ」

カナダ人でもなければフランス人でもない。それがケベコワ。
以前に聞いたことがあった。ケベックは独立したいとか、誇りを持っているとか。
まさにその通りだった。

彼と話をしていると乗務員のおじさんがやってきた。
みんなが寝静まった中でも働いている。
彼も加わり3人で語学について話をした。

「語学は本で見ているだけでなく声にするのが一番。
町にいる人に話しをしたり、とにかく会話が一番だよ」


そう言い、仕事に戻っていったけど、しばらくすると戻ってきた。

「これを食べてがんばって」

と私とセバスチャンにストロベリームースケーキを差し入れしてくれた。
ピンクのかわいらしいケーキにイチゴが乗っている。
こういうさりげないやさしさに、とてもシアワセな気持ちになる。
うれしかった。


2:00AM SASKATOON
サスカチュワン州に入っていた。
駅到着なのだが、真っ暗で何も見えない。
セバスチャンと私の会話は全く終わらない。
バンフで英語を勉強しながらバイトしてたらしく、モントリオールに帰る途中なんだって。
フランス語を教わり、日本語を教える。
正直、フランス語は発音が難しすぎる。
でも、スラング(俗語)だけは何故かすぐに覚えられる。
しかも何度も練習させられたので、発音もバッチリいえるようになった。
いつかフランス語で「◎%&$#&’!!!!!」って言う日がやってきたら、
私は日本人の誰よりも上手な発音で、この汚い台詞を言えることだろう。





つづく。


長々書いてしまいましたが、まだまだ続きます。
ぼちぼち書いていきます。

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写真、音楽、旅がすき

2012年にインド、
ネパール、マレーシア、
タイ、カンボジアを
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2012年9月末に帰国。
現在は旅で撮影した写真の
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